■11/22ナンスィ・ハロウ(vo)ドン・フリードマン(p)横浜ファーラウトに出演決定!!!

Posted by farout1125 (関東) : 2009年09月12日 21:27

11/22ナンスィ・ハロウ(vo)ドン・フリードマン(p)出演決定!!!
横浜関内ファーラウトからのスペシャル・ライヴのご案内です。11月22日(日)ナンスィ・ハロウNancy Harrow(vo)とドン・フリードマンDon Freedman(p)トリオのファーラウト出演が決定しました。

●日時: 11月22日(日)
●出演: ナンスィ・ハロウNancy Harrow(vo) ドン・フリードマンDon Freedman(p)
  岩見淳三(gt) ジャンボ小野(b)
●時間: 1st/7〜8pm、2nd/9〜10pm(入替制)
●チャージ:1セット6500円、3000円追加で、両セット通しで見られます。
   ※予約券購入の場合は1セット6000円、2500円追加で、両セット通しで見られます。

※割引は予約券購入の場合のみで、予約の電話・メイルだけでは割引になりません。ご了承ください。 ぜひぜひお得な「予約券購入割引」をご利用ください!予約順で席を割り振っていきますので、お早めの予約をお勧めします。

FAROUT:横浜市中区扇町1-1-25 キンガビル2F(JR関内駅南口徒歩3分)
電話:045―226―2278 (昼)045-567-1056
e-mail: info@jazz-farout.jp


<ナンスィ・ハロウNancy Harrow>
ナンスィ・ハロウは1930年ニューヨーク生れで、お父さんが歌が好きで彼女も歌うようになり、7歳の時にピアノのレッスンを始めた。でも大学では文学を専攻し、じっさいにウィリアム・モロウ出版社に就職しました。それで文学作品や文学雑誌の編集をやったんですが、歌が好きでクラブなどへ行ってはケニー・バレル、ボブ・ブルックマイヤー、クラーク・テリーらのバンドに加わって歌い、結局会社をやめて歌手になった。当時トップクラスのジャズ評論家ナット・ヘントフに認められて、彼のプロデュースでCandidから60年に出した、バレル、バック・クレイトン、ディッキー・ウェルズ、ミルト・ヒントンら伴奏のアルバムが最初になった。次の62年のAtlantic盤には、ジョン・ルイスが総監督で、ディック・キャッツ、フィル・ウッズ、ジム・ホール、リチャード・デイヴィス、コニー・ケイらが伴奏していた。その伴奏陣の豪華さからも彼女の実力のほどが伺われる。

しかし彼女は早めに結婚し、子供を二人作って、家庭を守るために引退した。ちょうど70年あたりからロック、ソウル全盛になり、ジャズ不況がやってきて仕事がなくなり、彼女はまた片手間に文学雑誌アメリカン・ジャーナルの編集に従事した。しかしこの雑誌はすぐに潰れてなくなったりで、彼女は子育ても一段落した75年に歌手活動に復帰してまた歌い始める。80年ごろから、彼女は文学と結びついた子供劇や漫画などの声や歌も担当し、またそれらの多くに作詞、作曲もしている。それから歌もキャッツ、ウッズらと仕事をし、クラーク・テリー、ローランド・ハナ、ブルックマイヤーとも、最近ではグレイディ・テイト、ケニー・バロン、ジョージ・ムラツ、フランク・ウェスらとも仕事をしている。彼女の円熟みがいまは貴重であり、その醍醐味がそばで味わえるじつに楽しみな公演になると思われる。

<ドン・フリードマンDon Freedman>
ドン・フリードマンは1935年SF生れで、4歳からピアノを弾き始め、5歳でレッスンを受けた。両親はクラシック愛好家でジャズを勉強するチャンスなかったが、自分でアドリブなどを勉強した。15歳のときLAに近いサンフェルナンド・ヴァレイに引っ越し、17歳のときにはHollywood Palladiumへレス・ブラウン、スタン・ケントン、ビリー・メイらの楽団を聴きに行き、ジャズへの愛好を深めた。ケントン楽団のリー・コーニッツ、コンテ・カンドリ、フランク・ロソリノらを聴いて彼は完全にジャズに関心を切り替えた。

彼はLA市立大学に通いながら、ジャズはパーカー、ロリンズ、マイルズ・デイヴィスらのPlay-along(マイナスワン)レコードで勉強した。彼は50年代にプロ入りし、ショーティ・ロジャーズ、チェット・ベイカー、バディ・コレット、オーネット・コウルマン、スコット・ラファロらを含むグループで演奏した。56年にはバディ・デフランコのバンドに入り、ニューヨークのバードランドやベイズン・ストリートに出演した。一旦西に戻るが、58年にニューヨークへ移り、多くのミュージシャンと共演し、ラファロとはアパートに一緒に住むほどの仲だった。

この時期はペッパー・アダムズ、ブッカー・リトル、ジミー・ジュフリー、チャールズ・ロイド、チャック・ウェイン、ハービー・マンらと共演した。最初の3枚のアルバムはダウンビートで5つ星をもらい、65年にはダウンビートの新人賞をもらった。60年代後半にはクラーク・テリーのビッグバンドのメンバーになり、同時にピアノを教える仕事もした。彼はいろいろなバンドでヨーロッパ、日本を回っている。当時から彼のリリカルで巧みな演奏は多くの評論家の称賛を勝ち得てきているが、彼はルビー・ブラフやクラーク・テリーとスウィング・スタイルで演奏したり、アッティラ・ゾラーと前衛的な演奏したりと、かなり柔軟で幅の広い音楽性をもっている。アメリカでは彼のレコードの多くは絶版だが、むしろ日本ではまだ入手できるし人気も高い。6月の"十人のピアニスト"コンサートで来日してその健在ぶりを日本のファンに示してくれた。

皆さん、どうぞご期待ください!!

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