ライブやろうぜ! ステージファイル Vol.25

南青山 RED SHOES

南青山レッドシューズ
南青山RED SHOES の歴史
東京のライブ・カフェバー文化を作り上げた松山勲氏(2003年没)が1981年西麻布にオープンしたロックバー。多くの著名アーティストに愛され、のちに現オーナーの門野久志氏が加わり店長となる。1995年に西麻布店クローズ。その後、門野氏は自らオーナーとなりロックバーを2店舗オープンしたあと、2002年南青山に復活させて現在に至る。
南青山RED SHOES ここがポイント!
最高のロックとお酒を中華料理ともに楽しめるライブバー。全面赤いインテリアとギターアーチのカウンター、ロン・ウッド(ローリング・ストーンズ)の書いた絵画や、現代アート作家のジム・ランビーの作品、レッドシューズの象徴である「風神雷神」がロックな熱い夜を演出する。世界中の著名アーティストが日本来日の際に訪れることでも有名。
南青山RED SHOES に出演しよう
レッドシューズは音楽とともにお酒や料理を楽しむバー運営が基本。ライブハウスとは異なるためいわゆるブッキングによるバンドの出演募集は行っていない。イベント企画に応じての時間貸しやプライベートパーティーなど貸し切り方式がメインだ。ロックの迎賓館レッドシューズで一味違ったイベントに活用したい。利用にあたっては随時相談に乗ってくれるので企画やプランを用意して問い合わせてみよう。
南青山RED SHOES お問い合わせ
南青山レッドシューズ 公式サイト
港区南青山6-7-14 チガー南青山ビルB1
TEL:03-3486-1169
営業時間:19:00 〜4:00(日曜24:00)
<年中無休>
南青山レッドシューズ

ライブBARの中の人に話を聞いてみた〜RED SHOES編

このコーナーはライブハウスでバンドをサポートしてくれる「中の人」に突撃インタビューして色々お話を聞いてしまおうというコーナーです。中の人の皆様、ご協力ありがとうございました。

南青山レッドシューズ店長 古居"RIO"良一 氏
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本日は『南青山レッドシューズ』の店長、古居"RIO"良一さんにお話をお伺いします。まずはレッドシューズの歴史を振り返っていきたいと思います。かつては西麻布にありました。

先代オーナーが1981年にオープンした西麻布店は95年にクローズしました。当時はバブル全盛期でカフェバーブームの先駆けと言われていて、当時のお客さんは、『バブルが終わった』ということを『レッドシューズは閉店した』と言い換えたりもしていたようです。

バブル時代の象徴でもあったのですね。

西麻布を徘徊して、最後はレッドシューズで〆るという遊び方があったみたいです。特に音楽関係の方達がよくいらしていました。西麻布閉店後は、当時店長だった現在のオーナーが『レッドシューズの様な人の集う場所をつくりたい』と、1996年に西麻布の交差点の地下に『Rally』というバーを開きました。レッドシューズ難民ともいうべき人達が日々押しかけていた様です。

レッドシューズ難民、表現が秀逸です。多くのミュージシャンに愛されていたんですね。

中でもX JAPANのhideさんは、オーナーと同い年という事もあって特に親しい関係だったようです。それから現在のレッドシューズの向かい側に『Rocka』というカレーが食べられるバーをオープンました。その2店舗を営業しながら、「やっぱりもう一度レッドシューズをやりたい」という気持ちと、周囲の後押しもあり、2002年に南青山でリオープンしたわけです。

オーナーの熱い想いで復活したんですね。RIOさんが店長になったのはいつ頃ですか?

2005年からです。店長候補として入りました。ちょうど10年目ですね。

最初から店長候補! どこか他店での経験や実績があったのですか?

そんなこともないですよ。歌舞伎町のロックバーで1年くらい働いていましたが、素人に近いようなものです。ただ、僕は実家が酒屋だったので、お酒と、お酒を飲んでいる大人に囲まれている環境に、居心地のよさや憧れはありました。

なるほど、ご実家の環境の影響は大きそうですね。

一年間歌舞伎町で働いて、もっと本格的なロックバーで働きたいと思い、先輩たちに「東京で一番、最高のロックバーはどこか」聞いてみたんです。すると、みんな口を揃えて『レッドシューズ』と。それまでも好きなミュージシャン達が口々に『レッドシューズ』と言っていたのを、耳にしたことはありました。そんなこともあり、そのまま飛び込みで面接を受けに行ったんです。

迷いがない、すごい行動力です。

ちょうど募集もしていてタイミングも良かった。ただ、飛び込みっていうのは珍しかったようですね。面接ではオーナーが直接会ってくれました。それまで何人か面接したみたいで、オーナーが履歴書をクリアファイルに入れて持っていたんですが、それが10センチくらい分厚くて(笑)。それ見た瞬間「さすが日本一のロックバー、凄い倍率だなあ…」って思いました。

ハードル高すぎですね。

でも、面接が始まると、ものの数分でオーナーはそのクリアファイルを放り投げて「いつから来れる?」って。

即採用!?ドラマのような展開ですね。

今思えば、履歴書は上の何枚かだけだったのかもしれないけど(笑)。

歴史のあるライブバーということで、店の方針や習慣など覚えていくのも大変だったのではないでしょうか?

オーナーからは「おまえが思うようにやれ」と言われました。背中で示してくれていましたが、直接ああしろこうしろと言われたことはありません。模索の日々です。

オーナーに相当信頼されていたんですね。プレッシャーもありましたか?

24才の僕は、「レッドシューズって何?どんな店?」って、毎日考えていました。昔を知るお客さん達からも「昔のレッドシューズはあんなだったこんなだった…」と言われましたが、なにせ、実際には見たこともないので正解がわかりませんからね。スタッフ達と毎日試行錯誤の日々でした。

「東京に行くなら絶対にレッドシューズに行け」って、オアシスのリアムに言われた。

ところで、なぜレッドシューズには世界の有名ミュージシャンが遊びにくるのですか? メタリカのカークが来たなんて話も聞きました。

横のつながりというかなんというか…。海外のアーティストがお店に来てくれた際、「なんでこの店来たの?」って聞いたりもするですが、「誰々に聞いて来た」って答えが多いんですよね。リアム・ハウレット(ザ・プロディジー)が来た時は、リアム・ギャラガー(オアシス)に薦められたって言ってました。奥さん同士が姉妹らしく、親戚関係なんですよね。「東京行くなら絶対にレッドシューズに行け」って、リアムに言われたらしいです。そんな調子で『東京に行ったらレッドシューズ』と認識している方も多いみたいですね。

いきなり世界的なミュージシャンの名前が出てきました。

あとは、海外アーティストは六本木通りのホテルに泊まることも多いから、アクセスの良さという面もありますし、プロモーターや関係者が、アーティストに『遊びに行きたい』と言われたりすると、ウチを紹介してくれたりもします。昔からの付き合いもあるので、レッドシューズだったら安心というのがあるんだと思います。そうやってコアな常連が増えているのかな。みんな「ただいま!」って言って帰ってきてくれますよ(笑)。

撮影にもよく利用されているようですね。人気グループの◯◯◯◯も撮影していたようですし。

そうですね。公表できないものもあるので名前は控えますが、ロックっぽいイメージが欲しいアーティストはウチを使ってくれることも多いです。

奥田民生さんのギターアンプなども置いてあるとか?

はい。ウチにある機材は大体ミュージシャンの皆様から頂いたものです。ドラムセットは池畑潤二(ザ・ルースターズ)さんので、もう一つのギターアンプはNAOKI(LOVE PSYCHEDELICO)さんのです。

いったい、どういう経路でレッドシューズに集まってくるのでしょう?

西麻布時代は音を出すと言う事はなく、南青山から始まりました。ミュージシャン達はお酒が入ると演奏したくなるらしく、要は自分達の遊び場に各々楽器を持ち込んでは夜な夜なセッションを楽しんでいたんですよね。それで徐々に機材が集まり、現在の週末にライブをするという流れが出来ました。 バスドラムヘッドの「YAMAHA」の文字を「IKEHATA」に打ち直したんですが、若手ミュージシャン達が「池畑!?」って震えながら大切に叩いてくれてますよ(笑)。

バーとして楽しんでもらって、その後の自然発生でセッションが生まれ、イベントが生まれていったと。

そうですね。基本はあくまでバーで社交場ですが、流れの中から『音を出す』ということも大きな部分を占めるようになりました。

「一般の人も行っていいんですか?」と聞かれますが、新しい出会いがとても楽しみです。一緒にロックなひと時を過ごしましょう!

それにしても、(写真をみせてもらって)超有名な海外ミュージシャンが来店しているんですね。

今は、海外アーティストが来店するイメージが強いですが、元々は、国内のミュージシャンやコアなお客さん達がうずめいていて、そこに来日したミュージシャンが遊びに来て、更にまたグルーヴしだすって感じだったんじゃないかなと思います。彼らにとってもまた、『日本で一番最高のロックバーに行きたい!』って感じでしょうね。

個人的に、一人の客の感想としてもレッドシューズの熱量やプロフェッショナル感は半端ないです。

そう言って頂けると嬉しいです。ステージもないですけど、お客様との距離感しかり、音楽とお酒を思い切り楽しく飲めるところだと思っています。

お客さんの反応の良さも凄いですよね。

良い音を出すと、すぐに反応してくれますね。

一方で、そのプロの遊び場感というのが、一般のお客さんにとって敷居が高くなってしまったりはしませんか?

確かに昔のイメージからか、「一般の人も行っていいんですか?」と聞かれることも多いですが、僕らとしては新しい出会いがとても楽しみなんです。一緒にロックなひと時を過ごしましょう!

風神雷神は西麻布の頃からレッドシューズの守り神。

さて話は変わります。レッドシューズのシンボルでもある壁の「風神雷神」について教えて下さい。

風神雷神は、西麻布の頃からレッドシューズの守り神として飾られています。これに関しては話が遡ります。南青山にリオープンした頃、『レッドシューズの逆襲』(2004年・主婦と生活社)という本が出版されて、入店前にオーナーから渡されました。レッドシューズの復活にあたって、ミュージシャンの方達の声がギッシリ詰まった本で、それは本当に僕の唯一のバイブルでした。

業界で有名な本です。

その本によると、当時西麻布はまだ何もない場所で『霞町(かすみちょう)』と呼ばれていて、ちょうど谷になっていて霧がかり磁場が悪いとかで、飲食店が寄りつかないエリアだったらしいです。

先代のオーナー(松山勲氏)は六本木で店を開きたかったらしいのですが、土地が高くて六本木をあきらめ、「良い店にすればお客さんは来てくれるだろう」ということで、西麻布で始めました。

まだ当時未開拓の西麻布で勝負されたですね。

そんな噂の影響か、風神雷神の後ろにお札が貼ってあるとか、はたまた隠し金庫があったとか、非常階段があったとか、諸説飛び交っていたらしいです(笑)。

夢が広がります(笑)。

それを『レッドシューズの逆襲』の本の中で、横山剣(クレイジーケンバンド)さんが話してくれています。オーナーは知らなかったらしいですけど(笑)。僕自身もこの風神雷神は、本家の俵谷宗達が描いたやつよりもロックな匂いがして好きですよ。海外の方達がよく「このデビルは何だ?」って聞いてきます。その度に「違う!ゴッドだ!」って(笑)

確かに見た目は悪魔っぽい(笑)。実物をみると圧倒されます。ちなみに裏側は確認したんですか?

昔は確認できませんが、今は何もなかったですね。でもそういう伝説は匂わせた方が良いかもしれない(笑)。

他にも気になるものが沢山あります。例えばこのロックなキャンドル。

これは10年くらい前にキャンドル・ジュンさんに頂いたものです。

あっちの絵(写真上)は、ローリング・ストーンズのロン・ウッドが描いたもので、レッドシューズ復活の時から、THE EASY WALKERSのベーシスト中田“Fire”英一さんのはからいで飾らせてもらっています。みんなに観てもらいたいということで。

奥にある絵(写真下)は、プライマル・スクリームの『ダーティ・ヒッツ』というアルバムをモチーフにした作品ですが、ジム・ランビーという近代ポップアーティストから貰ったものです。市場ではとんでもない値段が付いているらしいです。

迂闊に絵の横で酔っ払えません。

お金に困ったら売ろうかなと…。いや、冗談ですけど(笑)。

あのカウンターの壁側に飾ってあるポスターも…?

あのブライアン・フェリーのポスターは、先代がブライアン・フェリーのことが好きで、昔から飾ってあったと聞いています。よく見るとポスターの右下にブライアン・フェリー本人の直筆サインが書いてあります。お店に来ていたらしくて。

たまに『龍が動き出した!』みたいな感覚を肌で感じる時があります。

楽器、アンプ、絵画とロック好きには宝の山みたいです。

店頭に出ていないお宝はまだまだありますよ(笑)。コアな場所かと思われるかもしれませんが、元々は「カフェバー」です。そして「カフェバー」という言葉もレッドシューズから生まれました。そこにも諸説あって、当時階段入り口に『カフェ&バー』と書かれたネオン管があって、その「&」が壊れ落ちてそのままにしていたら気が付いたらみんなが「カフェバー」と呼んでいたとか。または「&」一文字減らした方がネオン管代が安いからもともと入れなかったんだとか(笑)。風神雷神みたいな和物と、BGMは洋楽、料理は中華。和洋折衷の走りでした。

メニューの中華料理、充実していてとても美味しそうです。

一時期色々なカレーやピザなどのメニューも作っていましたが、今年(2015年)の3月に、フードを全て中華料理に戻しました。それが元々のコンセプトでもありましたからね。元々先代のオーナーがよく行っていた中華街の入り口に、『レッドシューズ』というオーセンティックなバーがあったみたいで、その店によく飲みに行っていて、その店のイメージをそのままやりたいってことで作った店らしいです。だから、ルーツとしては横浜とか中華街なんです。

多国籍感というか、独特な煌びやかさがあります。

欧米から見たアジアというか、文化とか人種が入り乱れて雑多としたグルーヴとか、そんなものをイメージしたんだと思います。僕自身も、たまに『龍が動き出した!』みたいな感覚を肌で感じる時があります。ここにある全てのものが入り混じって一つになる瞬間があるんです。

ここは、そんな一体感や臨場感が味わえる稀有な空間だと思います。

きっとそういった熱とかエネルギーの集合体が『レッドシューズ』なんだと思います。お客さんや出演者に負けないよう、今夜も気合い入れていきます!

熱いメッセージありがとうございます。本日はありがとうございました。

インタビュー&ライター 浅井陽 BLOG / Twitter(取材日 2015年6月)

過去のインタビュー記事はこちら

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Rally
ロックスナックがコンセプトの、カラオケが楽しめるロックバー。先代レッドシューズクローズ直後にスタート。今年オープン20周年を迎える。
Rallyホームページ
レッドシューズの逆襲
2002年のレッドシューズ復活を記念して、オーナーの門野久志と作家・編集者の森永博志(「ドロップアウトのえらいひと」「原宿ゴールドラッシュ」他)の共同監修で2004年に発売された書籍。レッドシューズを愛した尾崎豊、シーナ&ロケッツ、横山剣らのインタビューを中心にレッドシューズと、その時代のエピソードが語られている。
RED SHOESフードメニュー
※REDSHOESフードメニューの一部です。
  • ホタテの冷製¥600
  • 焼豚¥540
  • 焼き豚拉麺¥750
  • 海老チリチーズ春巻¥640
  • クラゲと鶏肉の冷製¥480
  • 冷やし麻婆茄子¥440
  • 焼き餃子¥480
  • 牡蠣の湯引きネギ生姜¥640
  • 豚肉とアサリの酒蒸し¥540
  • 焼き豚炒飯¥380
  • 杏仁豆腐¥450