ライブやろうぜ! ステージファイル Vol.15

鹿鳴館Super Live Space

目黒「鹿鳴館」について
今年で34年を迎える目黒で最古のライブハウス。ヘヴィメタル・ハードロック系バンドの登竜門であり、鹿鳴館を知らずして「ジャパメタ」を語る事はできない唯一無二の箱。ロック・ヴィジュアル系からアイドルイベントまで、幅広い年齢層が熱くなれるアーティストのステージが楽しめる。鹿鳴館への出演は、バンドの資料(音源・写真・簡単なプロフィールの3点)を添えて電話、またはメールでコンタクト。音源審査・オーディションライブ通過するとレギュラーブッキン可能。やる気重視で初心者でもOKだ。
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目黒ライブハウス 鹿鳴館

ライブハウスの中の人に話を聞いてみた〜 目黒鹿鳴館 編

このコーナーはライブハウスでバンドをサポートしてくれる「中の人」に突撃インタビューして色々お話を聞いてしまおうというコーナーです。中の人の皆様、ご協力ありがとうございました。

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目黒鹿鳴館 店長 山口 高明(PEPE) 氏
栃木出身。hide、LUNA SEA、IZAM、the GazettEなど数多くのカリスマバンド達と真摯に向き合い、鹿鳴館の伝統を作り上げた。ライブハウスの歴史において重要な人物の一人。今年で27年目を迎える。
@twitter / Facebook / BLOG

本日はよろしくお願いいたします。「目黒」という土地はライブハウスとはちょっと馴染みの薄い場所だと思うのですが、この鹿鳴館の隆盛ぶりは伝説的とも言えるのではありませんか?

社長から聞いた話ですが、社長自身も立ち上げのときに『目黒かよ…』と思ったらしいんですよ(笑)。ライブハウスといったら池袋から渋谷の間というイメージがありますし、当時は尚更にそうでしょうからね。

やはり(笑)。

当時は、都内でデカい音で演奏できる場所が無かったらしくて、ハードロック系のバンドは締め出されてしまうことも多かったらしいです。そんな中でオープンした鹿鳴館は、大きい音をガンガン出せるし、ステージは高いし、まるで小ホールみたいな雰囲気でライブが出来るという噂が広がったんです。そしてその後のジャパメタブームにもうまく乗っかったんですね。

ということは80年代初頭からハードなバンドが出演していたのですか?

初期のころはクリスタルキング、寺尾聰、char、そして米米CLUBも出ていたらしいです。米米CLUBは、解散の時に思い出の場所としてここでも撮影してましたよ。

それは豪華ですね!

当初はロック以外のミュージシャンも多く出演していてました。後にハードロック色が強くなっていって、新宿LOFTさんメインでやっていた44MAGNUMなどのバンドが鹿鳴館にも殴り込みギグみたいにやってきたんです。LOFTさんとウチをうまく使い分けたりしてくれていたようです。その後ジャパメタブームの時に、数多くのバンドが鹿鳴館を本拠地としていくようになったんですね。

『鹿鳴館はヘヴィメタルの総本山です!』と謳ったことは無いんです。

ヘヴィメタルシーンの本拠地というのはたまらないですね。

でもバンド募集の際に『鹿鳴館はヘヴィメタルの総本山です!』などと謳ったことは無いんですよ。当時、ロッキンfという海外バンドをメインに扱っていた雑誌が、あるときから日本のバンドも扱うようになったんです。ロッキンfに載ったバンドが鹿鳴館でワンマンライブをして、そのライブレポートがまた雑誌に載ったりするんで、雑誌を読んだ人たちが『鹿鳴館でやるのはステータスなんだ!』という感じで盛り上げてくれたんですよ。

流れとしてはとても自然な成り行きですね。ちなみにPEPEさん自身もバンドをやっていたんですか?

上京当時(※編 PEPE氏は栃木県出身)は「バンドで食ってやる!」と思ってました。バイトとして鹿鳴館に入ってから色んなバンドを見ていると、明らかに僕より技術もあって良い曲書くバンドがいたんですが、それでもお客さんが全然入ってなかったりしたんですよね。その光景を見て「自分がバンドやるのは無理だな…」と思っちゃって(苦笑)。ちょうど裏方の仕事も面白くなってきた時期なんで、裏方に徹することにしたんです。

演奏が上手くて良い曲を書いても売れないバンドもいれば、逆にムーブメントを作るまでになったバンドもいます。PEPEさんから見てその差はどこにあると思いますか?

「華」じゃないですかね!?

ハッキリ言ってくれて気持ち良いです(笑)。この記事を読んでくれている方の中にはバンドマンなどもいると思いますので、もう一歩踏み込んでお聞きします。“華”や“勢い”というものは天性のものなのでしょうか?

いえ、それは経験で身についてくるものだと思います。それで化けたバンドもいますからね。華があっても、先取りしすぎたり遅すぎたりして売れてないバンドもありますから、そこはタイミングにもよります。やはり、重要なのは「華やかさ」と「時代の先取り感」だと思います。それも込みで「勢い」なんでしょうね。

当時、勢いのあったLUNA SEAは6回くらい鹿鳴館のオーディションに落ちた。その後、日本を代表するロックバンドになった。

タイミングを味方にできるのも才能かもしれませんね。PEPEさんが見てきた中で、大きく変化していったバンドの中にはどんなバンドがいましたか?

まず、うちでは出演のためのオーディションをしていますが、昔は今以上に厳しくオーディションしていたんです。良いステージをしてなければ落としました。その中に、大きく変貌をとげるLUNA SEAもいましたよ。彼らは6回くらいオーディション落ちましたね。

え! LUNA SEAが落選!?

落としたのは僕なんですけどね(笑)。その頃にはもうホールクラスでもやってるのに、鹿鳴館では落ちるっていう(笑)。たしかに当時の彼らはお客さんも増えてきて右肩上がりでした。でも、だからといって当然オーデシションに通るだろうという感じで来てもらっても、そこは違うかなって感じてました。もちろん失礼な態度だとか横柄な態度とかは一切なかったですけど、そっちがその気で来るならこっちもいつも以上に本気で審査しようって思ってしまって(笑)。

具体的にどこがダメだったんですか?

個々の演奏は上手かったんですが、単純にバンドとしてのまとまりがグチャグチャだったんです。今ではかなり洗練されましたよね。これは共通の友人から聞いた話ですが、ドラムの真矢(LUNA SEA)も『あの時オーディションで落とされて良かった。あれがあったから変われた。』と言ってくれていたそうです。IZAMもそう言ってましたね。こんな風に言うと偉そうに捉えられてしまうかもしれませんが、それでも彼らがそう言ってくれるのを思うと、やり方は間違ってなかったと思っています。

ちなみにLUNA SEAの変化のきっかけは?

うちでは毎年大晦日にオールナイトメタルパーティーというのをやっているんですが、彼らがメジャーデビューする前の年(※編 1991年12月31日)、そのパーティーにシークレットとしてオープニングアクトに出たんです。その時からですね。

どのように変化したのですか?

デビュー前に向けて、ディレクターの人達に色々厳しく言われたんでしょうね。その日の演奏は揺るぎなかったです。毎日リハーサルしていたようですし。プロの仕上がりになっていました。それまでだったらRYUICHI(河村隆一/LUNA SEA)なんかは『今日のライブはどうでしたか?』と、内容や出来を聞いてきたんです。でもその日は『PEPEさん、今日のライブよかったでしょ!?』と、発言が自信に溢れていたんですよ。

バンドは大工仕事と同じ。道具や素材がよくても継ぎ目が甘ければ日曜大工レベル。

演奏だけじゃない部分も鍛えた感がしますね。

そうですね。バンドって、みんなで呼吸を合わせていかなきゃならないものですからね。大工仕事と同じで、それぞれの道具や素材がよくても、作り上げるときに繋ぎ目に甘さが出るようなら、それは日曜大工レベルなんですよ。職人はそれぞれのパーツをかっちりと合わせるじゃないですか!? そこに辿りつくのは大変なことなんですが、それでもバンドって、そういう部分を楽しんでいくことだと思うんですよ。

なるほど、オーデイションの存在意味がよく理解できます。しかし、下火と言われる現在の音楽業界で、未だにオーディション制度を維持し、かつそれだけのクオリティーを審査するというのは、出演バンドの門戸を制限するという意味で諸刃の剣にもなりそうですが。

今は特にその状態になってますね。やっぱり若い子たちにとっては『なんで金払って怒られるんだ?』とか『あんなに厳しいこと言われちゃったら解散するしかない。』ってことになってしまうことも多いです。

the GazettEなんて10人くらいしかお客さんいなかった。売れたのは彼ら自身が頑張った証拠。

それって伝わりにくいことかもしれませんが、新人の子達にもプロとしての在り方を導いてくれてる気もします。

やはり、メジャーの現場で活躍してるバンド達の動きを目の当たりにしてるので、若い子たちには逐一その様子を伝えることは出来てると思います。新人の子達からは、X JAPANhide、他にもGLAYthe GazettEが出演してたこと等を聞かれたりしますが、それでも話す内容は『あの頃はこんな風だったよ』っていう事ぐらいですね。実際売れたのは、うちを出た後ですしね。the GazettEなんて10人くらいしかお客さんいなかったんですよ。売れたのは彼ら自身が頑張った証拠です。僕自身は売れるかどうかなんて全くわかりませんでしたよ。

本人次第だと!?

こと最近に限っては、近道でステップアップしようとしてることが多いかなと。ワンマンやって、ツーデイズやって、渋谷公会堂やって、やれ武道館だ、やれ東京ドームだと急ごうとしますが、今だと結果的には話題作りのために大箱でやってるケースもあるんです。もちろんそんな所でライブで出来るのはすごい事ですが、よく調べれば、借りるだけなら少年野球でも借りられるんですよ。

情報収集の便利さがバンドを焦らせちゃってる現象はあるでしょうね。それがまた実力の前進を妨げるというか…。

結局は客目線に合わせ過ぎちゃってるんです。お客さんの顔色ばっかり伺っているから小手先のライブになってる気がします。ただ、その小手先が上手くいくケースもあるんで一概には言えない部分もあるんですが…。でも20~30人のお客さんを大事にしすぎて小さくなっちゃうなら、今いるお客さん全部失ってもいいから、やりたいことやって、新たに50人引っ張ってくればいいと思いますよ。

ライブ後『明日バイトなんで帰ります』ってなっちゃうでしょ!? そんなんだったらバンド辞めてバイト一本で生きたらいい。

真面目さが仇になってしまう典型的な例かもしれません。

そうですね。最近だとライブした後も『明日バイトなんで帰ります』ってなっちゃうでしょ!? そんなんだったらバンド辞めてバイト一本で生きたらいいんですよ。僕らの頃は、上下関係も厳しくて、朝まで酒飲まされたりなど多々ありました。でも、そんな中で良い音楽教えてもらったり、時には理不尽な扱いを受けたりと色々揉まれたりもしましたが、やはりそういう中で学んだものってデカいんですよね。

理不尽さを乗り越えたりすると、なぜか絆が深くなったりすることはありますよね(笑)。

そうなんです。今って、17才くらいからバンド始めて22才くらいで大学卒業と同時に辞めちゃう子も多いんですね。バンドって、もっと時間のかかるのものですから。4〜5年でうまくいくはずないんです。スタートラインにも立ってないタイミングですぐ辞めちゃうのがもったいない。それこそ40年くらい前の学生運動と同じノリでやってるのかなぁ。

就職する頃にはすっかり大人しくなってるってパターンですね(笑)。最後まで信念を貫き何かを作り上げるってのは並大抵の事ではないでしょうし。

そんな中で僕に懐いてくれる子達もいて『PEPEさん、何か面白い音楽ないですか?』なんて聞いてくるときもあるんで、僕なりの知識を教えてあげたりするんです。そうやって真面目に取り組んでるバンドは見ていて気持ちいいです。

そういったバンドにもチャンスの一環として、さっき仰っていた“理不尽ながらも絆が作れるような環境”が残っていても良いかもしれないですね。

そう思います。あともう一つ気になることが。最近すぐに“事務所もどき”がバンドに付くんですよ。ちゃんと仕事やってくるなら良いんですけど、そうでないとこも多い。バンドも、売れるか売れないかは自分たち次第なのに、事務所がついたら売れると勘違いしちゃってる部分も多くて…。お客さんにとってはそんなのは裏の話であって、バンドを支持する要素ではないですからね。

お客さんにとっての良いバンドの基準って、カッコいいかカッコ悪いかってだけ。

確かに、お客さんにとって事務所は関係ないですね。

お客さんにとっての良いバンドの基準って、カッコいいかカッコ悪いかってだけだと思うんですよ。僕もそうですし。カッコいいって事につながれば、細かい部分を褒められたりするより、『なんか好き』、『メンバーの○○さんが居るだけでいい』ってっ程度に言われるくらいの方がいいと思うんです。

カッコいいって、定義は出来るものではないけれど、絶対的なものではありますね。

例えばスタイルについて言うなら、TシャツにGパンでやるようなバンドもいれば、KISSみたいにゴージャスに着飾ってやるバンドもいますけど、僕としてはステージに立つ以上は衣装は着てほしいと思っています。『その服でコンビニ行けるの!?』っていうレベルが衣装ってものだと思うんですよ。

非常にわかりやすい(笑)。

ニルヴァーナがカッチリした衣装着ても変ですが、あれはあれでボロボロのジーンズとシャツであの雰囲気を出すってのが衣装として活きてるわけですからね。やっぱり雰囲気を演出するための衣装なわけですから、ただ好きなもの着るってのは、それは衣装じゃないですよ。文化祭じゃないんだから!

派手に着飾るヴィジュアル系の中でもそういった様子は見られるんですね!?

悪い意味で『俺が俺が!』って状態になっちゃってるのも居ますね。

ここまでの話を聞いてると、良い意味こんなにも頑なな姿勢でありながら、よく経営を維持出来てるなあと思わされます。

確かに今は多くのライブハウスが潰れていってますし、ライブハウスの営業の方たちも大変だと聞きます。でも、そもそも“ライブハウスの営業”ってなんなんですかね? ブッキングや企画制作ならわかるんですけどね。営業って肩書はどこか違うと思うんですよ。

ライブハウスってのは「音出してなんぼ。人が来てくれてなんぼ。」なんです。

営業色を前面に出し過ぎて、ライブハウスとしての魅力を失っている現場もありますね。企画やブッキングといった根っこがないと、営業は単なるビジネスプランにもなりかねないのかなと思います。

そうなんですよ。そりゃうちも色々やりますし、時にはアイドルとかもやってます。BABYMETALもそうですし、他にもロック色が強いアイドル、例えばBELLRING少女ハートなんかにも出てもらったりしてます。でもアイドルとメタルとかヴィジュアル系って意外に共通点がいっぱいあるんですよ。

あ、その共通点は多数ありそうですね!

お客さんの熱さとかも似てますね。あと、本格的な音楽をやっても評価されない(笑)! どうせアイドル…、どうせヴィジュアル系…、なんて風に片づけられちゃって。

誤解は大いにありそうです(笑)。でも、メタラーやアイドルって非常に真面目で熱い人が多いですよね。現場の熱も半端ないし。

そうなんです。アイドルの子達もライブをSNSで宣伝してくれるから、おかげで人の行き来も盛んになってます。宗教じみたこと言うつもりではないですが、これは風水みたいなもんで、人の出入りがない建物って、空気や雰囲気がどんよりしちゃうんですよ。だからライブハウスってのは「音出してなんぼ。人が来てくれてなんぼ。」なんですよね。たたでさえ鹿鳴館は(幽霊が)出るって言われてますからね。そんなの出ねえっての(笑)!

そんな噂があったんですか(笑)。でも確かに、人が来てこそのライブハウスだと思います。熱を伝える場所ですからね。本日は貴重なお話をありがとうございました。これからも頑なな姿勢を貫き通してください!

そう言って頂けると助かります(笑)。ありがとうございました。

インタビュー&ライター 浅井陽 BLOG / Twitter(取材日 2014年4月 )

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ジャパメタ(Japanese Metal)
80年代後期、インディーズを中心とした日本のヘヴィメタルバンドが活躍したシーン。当時のメジャーレコード会社主導による音楽の方向性にとらわれず、自主制作によるインディーズレーベルから魅力あふれる多くのバンドが生まれた。多くのバンドやインディーズレーベルが「鹿鳴館」等のライブハウスを本拠地として活動し、いくつもの伝説的なライブを行った。
ロッキンf
1976年に立東社から発行された音楽月刊誌。80年初〜中盤になると日本国内のメタルバンド情報が誌面の多くを占め、インターネットが無かった当時の貴重な音楽情報源として日本のヘヴィメタルを盛り上げる重要な役割を担っていた。付録としてメジャーデビュー前のXの「KURENAI」のソノシート(レコード)がバンドスコアとともに掲載された事でも知られる。2001年立東社の倒産により休刊。現在は「WE ROCK」としてジャパメタを中心とした音楽情報誌の歴史を引き継いでいる。
the GazettE
2000年代を代表する日本のヴィジュアル系バンド。ヘヴィでタイトな演奏に美しいメロディーとフレーズが絡むサウンドが特徴。安定した売上とライブ集客で2005年の7thシングル以降常に10位以内にチャートイン。2010年には東京ドームでワンマンライブを成功させる。
44MAGNUM
1977年結成、1983年にメジャーデビューしたジャパニーズメタルバンド。メタルサウンドに金髪と派手なルックスで、のちに多くのメタル・ヴィジュアル系バンドに影響を与えた。本格的なインディーズメタルブームが到来すると同時にサウンド路線を変更するなど常に新しいサウンドを追求する一面もある。2013年にはデビュー30周年のニューアルバムを発表。デビューから現在に至るまで鹿鳴館でライブを見ることが出来る。
44magnum2001.com(公式サイト)
BABYMETAL
2010年に結成したメタルサウンドを特徴とした3人組女性アイドルグループ。ラウドロック、デスメタル、デジタルハードコア等のテイストを持ち込んだ楽曲やステージ演出の完成度でコアなメタルファンも魅了。SUMMER SONICに史上最年少で出演を果たし、メタルの聖地「鹿鳴館」でライブハウスイベントを開催。国内最大のメタルフェスLOUD PARK 13のステージに立ちウォールオブデスを巻き起こす。2014年3月に日本武道館でワンマンツーデイズを女性最年少記録で成功させると、ついに海外の大型ロックフェス「Sonisphere Festival UK」(イギリス)への出演を発表。恐れ知らずのスーパーガールズグループDEATH!
babymetal.jp(公式サイト)
BELLRING少女ハート
2012年に活動を開始した60年〜70年代のサイケデリック・レトロ風サウンドが特徴の女性アイドルグループ。通称「ベルハー」。ライブではセーラー服的な衣装で独特の踊りとともに実歌唱を行う中毒性のあるステージで注目されている。メンバーであるTIRA(外国籍)が日本に入国できない、メンバーの一人がケガをしてしまうなどのアクシデントで一時的な活動休止を余儀なくされるなど、幾多の困難を乗り越えて活動中。鹿鳴館で定期ライブ「からふりゅ」を開催。
crimpri.com(公式サイト)
X(インディーズ時代)
インディーズメタルブーム時代のX(JAPAN)の活動は、そのシーンを象徴するものであった。YOSHIKIがXの音源をリリースするために立ち上げたインディーズレーベル「エクスタシーレコード」に所属していたレディースルーム、東京ヤンキース、ZI:KILL、LUNA SEA、GLAY等が一同に介する「エクスタシーサミット」が目黒鹿鳴館で定期開催されていた。
IZAM
1993年、NIY(Bass)、AOI(Guitar)とともにロックバンド「SHAZNA」を結成(2009年解散)。鹿鳴館、新宿ロフトを中心に活動開始。IZAMの華麗なファッションとルックスで注目を集めインディーズながらオリコンチャート1位を獲得、1997年「Melty Love」でメジャーデビュー。現在も俳優や演劇、アーティストプロデュース等で幅広く活動中。サンミュージックプロダクション所属。
新宿LOFT
ロックの聖地で知られる、ロックバンドが憧れる日本で一番有名な東京新宿のライブハウス。ロフトプロジェクトとして5店舗のライブハウス、トークイベントスペースの運営と、レーベルやフリーペーパー発行などで幅広いカルチャー発信をおこなっている。2014年にはロフトプラスワン・ウエストでついに大阪進出を果たす。
ツーデイズ(2Days)
ライブスケジュールにおいて対象の会場で1日では収容しきれない集客力を持つアーティストが同会場にて2日続けてライブを開催する場合の日程呼び名。2日連続で会場を利用するため大掛かりで豪華なステージ演出も可能で人気アーティストの勢いを表現する言葉でもある。尚、対象の会場はライブハウスからスタジアムまでと幅広く、また2日以上連続で行うスリーデイズ等もある。