ライブやろうぜ! ステージファイル Vol.86

大久保 水族館

大久保水族館について
1997年にBARとしてオープン、99年より楽器店が軒を並べる「新大久保」に店を構える。オーナーの山下栄一氏が、流れるままにたどり着いたのが、熱帯魚、淡水魚が泳ぐミニ水族館スタイルのライブバー。フリージャンルの音楽ライブ、おいしいお酒とごはんが楽しめるアットホームな店は、いつしかミュージシャンが集まる音の棲み処に。魚たちが見守るステージで、演者たちは水を得た魚のごとく多種多様なライブパフォーマンスを繰り広げる。席数30席。ノルマ・機材費なし。
大久保水族館へのお問い合わせ
大久保水族館公式サイト
新宿区百人町1-10-7-B1
TEL:03-3362-3777
出演バンド・ブッキング受付中(詳細

ライブハウスの中の人に話を聞いてみた〜 大久保水族館 編

このコーナーはライブハウスでバンドをサポートしてくれる「中の人」に突撃インタビューして色々お話を聞いてしまおうというコーナーです。中の人の皆様、ご協力ありがとうございました。

大久保水族館オーナー 山下栄一氏

いつも「ご自由に」というスタンスでいたら、こうなった(笑)

本日はライブバー大久保水族館オーナーの山下栄一さんにお話をお伺いします。その名の通り水族館のようなライブバーで異彩を放つお店です。オープンはいつですか?

この場所での営業は1999年から開始しました。その前は、大久保の別の場所で、普通の飲み屋(バー)として1997年ころ、からスタートしました。

どういった経緯でバーをはじめたのですか?

昔、脱サラをして、いろいろやっていましたが、どれもあまりうまく行かなくて(笑)。あまり大きな声で言えないようなコトもありました。そんな時期に、子供が一人、二人と生まれて「このままじゃまずいぞ…」ということでバー経営をはじめました。

最初からライブ演奏ができるバーをはじめたわけではなかったと?

はい、その頃は、音楽に興味がなかったし、それこそドレミのドも知らなかった。それ以前に、当時は全然やる気がなくて、週に2、3日程度しかやってなかった(笑)。

そこから、どのように現在のお店が出来上がっていったのか、ぜひお聞きしたいです。

まあ、いろんな偶然が重なった結果です。なんとなく始めたことが、なんとなく口コミで広まって、おかげさまで今は休みがないぐらいまでになりました。

水槽をお店にディスプレイすることになったのはどういう経緯で?

サラリーマン時代から自宅に水槽があったのですが、家に置いていても誰も見ないので、店に持って行って並べてみただけです。

もともと熱帯魚などの飼育が好きだったのですか?

んー…、好きっちゃ好き、そんな感じかな(笑)。

この様子を見ると、もはや、どちらかといえば好き、というレベルじゃないですよ(笑)。

お客さんから「熱帯魚が好きなの?」とか、「もっと水槽いる?」といわれて、どんどん水槽が増えていった(笑)。誰かから「こんなに多いなら店の名前を『水族館』にしたら?」と言われて。

それで「大久保水族館」という名前が誕生したのですね。

そのうち、楽器を持ってきて「演奏していいですか?」という人たちが来るようになって、水槽が並ぶなかでライブ演奏がはじまりました。

綿密なコンセプトがあって、お店がプロデュースされているのかと思いました。

僕には自主性のようなものがなくて、いつも「ご自由に」というスタンスでいた結果、こうなった(笑)。もちろん水槽の設置など、最初は苦労することや工夫する場面もありましたけどね。

水槽には、爆音に耐えられるタフな連中しか残ってない

今となっては、水槽のあるライブバーとして個性を発揮していますね。

はい、みんな「大久保に水族館があるの?」と驚かれます。まあ、来てみればライブバーですけど、喜んでくれますよ。

これだけ水槽があると、魚の世話や設備のメンテナンスが大変そうですね。

コケが繁殖しちゃうからね…。週1回は清掃して、月1回水を半分取り換えないと、すぐに汚れちゃう。きれいになると気分が良いですけどね。すごい早さで汚れるので、毎回、若干イラっとしちゃう(苦笑)。

見たところ、キレイにされていると思いますが。

今日はぎりぎり鑑賞に耐えられる状態ですかね。そうでない日もありますよ。

ライブハウスという環境特有の問題もありそうですね。

爆音でのライブとなると、水槽が落下しちゃうのではと、ヒヤヒヤするときはあります (苦笑)。ずいぶんと補強してあるので、たぶん大丈夫だと思いますけど、あの24インチのバスドラの振動はスゴイからね(笑)。

見るからにハードロックですが、音の振動は水槽の中の魚たちには影響しないのでしょうか?

爆音に耐えられるタフな連中しか残ってない(笑)。

いま水槽にいる魚たちは、音響サバイバルを生き抜いたエリートですね。

エリートっていうか、もはやバカなんでしょう(笑)。いくら清潔にしているとはいえ、こんな環境で生き延びているなんて。

コイ、ナマズ系は生命力の強い魚として知られていますね。

このナマズたちには逸話があって、東日本大震災の前夜、ナマズがすごい勢いで大暴れしていたらしく、地震でも来るんじゃないか?と話していた矢先の大震災でした。次回、ナマズが大暴れすることがあったら、連絡を取り合うように約束しました。

「ナマズが暴れると地震が起こる」というのは本当だった?

科学的な部分はわからないけど、その後、共食いしちゃって3匹が1匹になっちゃったので、何かしらストレスは察知するのかも。ていうか「仲間の身をくわえるなよ!」って(笑)。

ノルマ、機材使用料なし。うちはお客さんが飲んでくれればそれでいい

大久保水族館のシステムについても教えてください。チケットノルマはないとのことですが。

ノルマ、機材使用料なし。お客さん一人につき、チケット代から1,000円をお店に戻してくれればそれでOK。チケットの価格設定はバンドの自由、あとは信頼関係でまかせています。

バンド側にとっては、かなり良心的な設定といえますね。

うちはお客さんが飲んでくれればそれでいいので。たまに、4,000円1ドリンク付きで設定してくるバンドもいるので、お店が設定しているわけじゃないからね、と言いたくなっちゃう(笑)。でも、44MAGNUMのボーカル梅原さんをはじめ、トップクラスのミュージシャンも出てくれるので、損はないと思いますよ。

この雰囲気でプロの演奏となれば、納得です。それでは続いて、山下さんについて、さらにさかのぼって教えてください。音楽との関わりはまったくなかったのですか?

そうですねぇ、サラリーマンの時にカラオケをやったぐらい。あ、でも、高1の時、モテたいがため、夏休みにレストランでバイトして買ったギターが店にありましたね。

もしかして、ここに飾ってあるレスポールですか?

そうそう。そのギターで高中正義に挑戦したけど、速弾きで挫折(笑)。高2の時は同じようにサーフボードを買って、3ヶ月でやめた。潔く諦めます!

迷いのない判断力、ということで(笑)。音楽は好きだったのですね。

はい、中学、高校はビルボードが好きで、めちゃめちゃ聴いていました。でも、この店を始めてからは聴いていないです。もう、さすがに飽和状態。

飽和状態…。

身体もガタが来ちゃって。18年間1人で店をやっていたけど、昨年ついに入院、ICUにぶち込まれました。50%50%って言われたけど、帰ってこられました(笑)。

大丈夫なのですか?

結局、主な原因は酒で、退院してからも2、3カ月は飲めなかったので、自宅謹慎みたいな感じでお店にも出られずに。

お店の営業のほうは?

スタッフの(同姓の)山下くんに助けてもらいました。店のスケジュールがびっしり埋まっている状況だったので、ほんとうに助かりました。彼はいまも、現場の大半をやってくれていて、週末にマスターをやってもらうこともあって、ありがたいです。

無事に現場復帰できたのですね。

はい、スケジュールも空きが出てきちゃったので、去年の6月頃から復帰しました。今年の2月には入院記念イベントもやってもらったし、まあ、結果的には面白かったですよ。

くれぐれも無理はなさらずに。

そうですね、ありがとうございます。一人で切り盛りしていると、また同じ状況に陥っちゃうので、今は手伝ってもらいながら、ローテーションで回しています。

それでは最後に、大久保ライブバー水族館からメッセージをお願いします。

ここの出身で有名になった際には、テレビ番組の徹子の部屋で「大久保水族館」と声高に連呼してください。以前、うちに出演したことがあるミュージシャンがいましたが、うちのことは話してくれなかった(笑)。次こそは!

水族館の”住人たち”も満場一致のようです(笑)。本日は濃いお話をありがとうございました。

インタビュー&ライター 浅井陽 BLOG / Twitter(取材日 2018年5月)

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新大久保(新宿区)
新大久保
百人町の地名由来である「鉄砲組百人隊」の同心が副業でつつじを栽培していたことから、江戸時代より大久保一帯は「つつじの名所」として有名だった。その後、宅地化や戦災によって姿を消した「大久保つつじ」は、一部移植されていた「館林市つつじが岡公園」より挿し芽を寄贈され、2008年に里帰り。地域の歴史を伝えるシンボルの花として親しまれている。